国は、1896年(明29)にこれまでの「獣類伝染病予防規則」を改正して、「獣疫予防法」を定め、獣疫の中に狂犬病が規定されると共に、獣類の中に犬が追加された。
その後、1922年(大11)に獣疫予防法を廃止して「家畜伝染病予防法」を制定し、狂犬病に感染したすべての家畜の殺処分や野犬の取締りを定めた。
また、1925年(大14)には飼い犬の予防接種を実施するなど狂犬病撲滅対策に取組んできた。これらの対策の結果、わが国の狂犬病の発生は激減して1936年(昭11)には犬3頭のみの発生で、人や他の動物には及んでいない。
ところが、第二次世界大戦末期には野犬の増加など悪条件が重なり、1944年(昭19)以降、人の狂犬病発生数も急増し、人をはじめ各種の動物にも発生が見られるようになった。このような発症による社会不安の中で、厚生・農林水産両省や日本獣医師会等の努力の結果、1950年(昭25)「狂犬病予防法」が制定された。
この法律では、飼い犬の登録、年2回の予防注射の義務づけ、狂犬病予防員の制度等が規定された。
これにより、狂犬病予防対策は大きく前進し、動物や人の発症は急減して1957年(昭32)以降わが国から狂犬病は消滅した。
一方、狂犬病予防ワクチンについては、戦前の1915年(大4)に「押田ワクチン」、1916年(大5)に「梅野ワクチン」、さらに1920年(大9)には「近藤ワクチン」が使用されていた。狂犬病予防法が施行された1950年(昭25)以降、[石炭酸不活化ワクチン]が使用され、その後「動物用狂犬病組織培養不活化ワクチン」が使用されるようになった。このワクチンは、従来の体重別の注射量(ワクチン量)に比べ僅か1mlで、かつ年1回の注射で免疫力が保持できるようになった。
この結果、1985年(昭60)同法の一部改正で、予防注射は従来の年2回から1回となった。
さらに、国の規制緩和の一環として1995年(平7年)同法の一部改正により、犬登録制度が従来の年1回登録から生涯登録となった。